ours(恋をしても1)




「へー・・え。」

毎日毎日随分と面白いことしてくれるじゃん。

秋也は腕組みをした姿勢で早朝のテラスから大学へ向かう正斗を斜めに見下ろしていた。

人をやや斜めに見るのは秋也の癖。

斜に構えた姿勢は彼の目つきにひどくよく似合う。

やや靄のかかった午前8時。

ドイツ製のマウンテンバイクにまたがってボディバックを斜めに掛けた正斗の後ろ姿。

まだ冷たさの残る春先の風に髪を揺らす。

あのバカ、人目引く。

小さく固い鎧の中に閉じ込められていた正斗。

正斗は今まさに、全身に光を浴び、水を吸い上げ・・・しなやかに成長する夏草のように・・・心を日ごと豊かに広げている。

高台の川添家からの坂道を流れるようなフォルムで自転車を操る。

一陣の風みたいな瑞々しい姿。

近所のおばはん達が惚れ惚れとため息を付く。

わざわざ正斗の通学時間に合わせて犬を散歩させてる。

そんなこと、おまえ全然知らねーだろ。

バカだから。

「ホラ・・・。見て・・・。本当に素敵ねぇ。川添さんとこの正斗くん。私ったら彼を見るのが楽しみで。」

「分るわー。どんどんカッコ良くなってこない?」

「・・・・秋也くんもそりゃ男前だけどちょっと近寄りがたいのよねー・・。比べて正斗くんは『おはよう』って挨拶するとニコッと笑ってくれるから。」

「えっ?!」

「本当?!」

「ふふふ。羨ましい?だって、ウチの犬が正斗くんにじゃれ付いて迷惑かけたことがあって・・。それ以来、挨拶する仲なのよ。」

「『じゃれ付いた』?『けしかけた』の間違いじゃないの?」

「ずるいわーーー。」

「ほほほほほ。」

うっせーぞ、おばはん。

近寄りがたくて悪かったよ。

そのまま永久に近寄ってくんな。ババア。

腕組みした姿勢のまま悪態をつきながら、秋也は正斗が坂道を下ってゆくのを目を絞って見やる。

何のことはない、秋也は単にイライラしているのだ。

長い坂道で勢いの付いた正斗の自転車。

その目指す先。

・・・・そこには。

ジーンズのポケットに両手を突っ込んで片足に体重を掛けた姿勢の・・・スラリとした長身。

ヒラノ・・タカトシ。

正斗と同じ知能学科。

秋也は高台のテラスから遥か下方を見下ろして眉根を寄せた。

正斗がまるで平野に向かって、平野にぶつかってゆくようにスピードを上げる。

気に、入ら、ない、ね。

なんだよ、このビジョン。

男が男を朝っぱらから女々しく待ってんじゃねーよ。

平野を睨む。

てめーホモかよ。

ヘンタイやろー。

そんな秋也を知るはずも無い正斗が今日も明るい声で・・・。

「貴俊!はよ。」

決して聞こえないがそう言っているであろう正斗の後ろ姿にため息が出る。

バカ・・。

秋也は面倒な予感に小さく舌打ちした。




平野貴俊・・・ヤツの存在を知ったのは1ヶ月ほど前。

本当に珍しいことだが、学内で偶然正也と会った時のことだった。

「秋也!」

毎日聞きなれた声にタバコの自販機からパッと顔を上げる。

「正斗!」

思わず言ってちょっと秋也は照れた。

こんなに堂々と学内で『正斗』と呼ぶことなど始めてだった。

自宅では自然に口から出るその名前も、大学のキャンパス内ではドキッ・・と新鮮な刺激を呼ぶ。

昨夜の熱い交わりが脳裏に点滅した。

しどけなく上体を反らして『秋也、ッあ、秋也・・・ッ。』と鳴いていた。

はぅ、はあっ、ん・・ぁっ・・はぁ・・ぅっ。

生々しい息遣いが自分の腕の中から聞こえたようで慌てて秋也は思考を切り替えた。

と・・・。

秋也は正斗ではなく、その隣の長身の男と目が合った。

なんだ、コイツ。

・・・互いがそう思っている。

秋也はそいつから目を逸らさずに正斗に話しかけた。

「よ。これから授業?」

「いーや、折角出てきたのに休講通知。先に言えってんだよ。」

「ラッキーじゃん。」

秋也と正斗のやり取りをそいつは『早く終わらせろ』って感じで黙って傍聴している。

まるで自分の方が秋也よりも正斗と親しいとアピールするかのように正斗と肩を軽く触れさせながら退屈そうで無感動な顔をしていた。

秋也はその態度が気に食わなかった。

デカイ顔してんじゃねーよ。

ポケットから自宅のキーを取り出して正斗に投げた。

「わりーけど、今日ちょっと遅くなんだわ。サッカービデオ撮っといて。」

てめーなんか出る幕ねぇよ、コイツは何から何まで俺のもんなんだよ。

勘違いすんな、ボケ。

正斗の表情を確認する。

正斗は鍵をキャッチして「オッケ」と秋也に笑った。

そこには2人にしか分らない空気が確かに漂った。

特別な色。

秋也はそれを誇らしげに見て、男に向かってニヤッと笑った。

「そいじゃ、俺授業だから。じゃーね。」

「ん。」

正斗の周りに予防線を張った秋也は建設の講義棟へと消えた。

その日の夜、今日のアイツは平野貴俊という名で1番の親友だと正斗は言った。

どこか落ち着いた平野の姿がよみがえる。

・・・・そう、親友ねぇ。

随分、態度のいいオトモダチだよな。



それから2週間ほどして『オトモダチ』平野クンはアクションを起こした。

正斗と一緒に通学するという方法で。・・・かくして現在に至っている。朝っぱらからベランダで不機嫌レベルマックス。

大学生にもなって示し合わせて待ち合わせして通学するか、普通。

フツーしねーだろ、んなこと。

あの日、平野の目の前で秋也が投げた自宅の鍵。

今、平野はあの鍵の仕返しをしている。

秋也の目がギラギラと野生動物のように光った。

いー度胸してんじゃん?

これがオマエの反撃ってわけ?・・・相手見て喧嘩売れよ、平野。

秋也はパキッと指を鳴らした。


「平野クンは自分の物と他人の物の区別が付かないんだなぁ・・・気の毒に。」



秋也は見えなくなった二人の姿に背を向けて、自室のドアを静かに開けた。













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