mine(恋をしよう1)
「ああ?!なんだって?・・・・・・わりぃ。俺、今ちょっと忙しんだわ。」 慌しくテニス部の春合宿の準備をしながら秋也(あきや)は母親の方を向きもしないで荷造りに大忙しだった。 「あっれー。どこやったかなー、ユニフォーム。くっそ時間ねーよ。」 「だからね、秋也、明後日・・・・。」 「ああ?明後日?んなもん無理無理!俺、今からテニスの合宿なんだからさー。」 ユニフォーム、ユニフォーム・・・・・・。 冬の間はテニス的にシーズンオフだったのでユニフォームをどこに片付けたか記憶が無い。 15分もしたら、同じテニス部の相原が秋也を拾いにくる。 「やっべー!マジ時間ねーっ。」 だだだだだーっっと階段を駆け上がり弟の部屋まで乗り込んでユニフォームを探す。 「んだよ!!にーちゃん!俺んとこになんかあるわけねーだろ!」 ものすごい勢いで弟にたたき出されたが、秋也は一層ムキになって嵐のように家中のクロゼットというクロゼットを物色し始めた。 建築家だった祖父がデザインした家屋は3つの棟が渡り廊下で繋がっているという贅沢な造りになっている。 その3棟の中央にリビングやバス、玄関がある。 それぞれ、3つの棟にも小さく玄関もバスルームも付いているが家族の団欒の場として祖父が設計したこの中央のリビングを皆愛していて玄関も、バスも何となく、中央のものを使っている。 「ちょっと、秋也!聞いてるの?・・・・・・どうなの?付き合ってくれるの?!」 「あったー!!コレコレ!くっそ、焦らせやがって!」 大学2年生、やっと19になったばかり・・・・だが・・・秋也には落ち着きというものがない。 「秋也!!」 「あーもー!ハイハイ。付き合う、付き合う。合宿から帰ったらどこへでも、誰とでも付き合う!」 「じゃあ、OKってことなの?!」 「オッケ、オッケ。ぜーんぜんオッケー。」 ユニフォームが見つかって上機嫌の秋也は1週間分の荷物を肩に担ぎ上げて玄関に向かう。 オレンジに近いブラウンに染めた髪とちょっと人をナナメに見る癖。生意気な笑顔。 母親の目から見ても格好いい19歳に育ってくれたと思う。大学でも友達に恵まれて毎日が本当に楽しいようだ。 気の合う女の子とは次から次へと付き合って、一体どの子が本当の彼女なのかも分からない。 しかし、秋也には明るさがあった。とても強い、明るさが。 決して憎めない魅力・・・・・他人を惹きつける力がある。 あの子なら、大丈夫かもしれない。 あの子を信じてみよう。 あの子は全てを上手く解決してくれるかもしれない。一縷の望みを息子に託して、彼女は迷いながらも受話器を取った。まさに、祈るような気持ちで・・・・・・・。
「あっちー!!たっだいまー!秋也クンのご帰還ー。」 玄関のステップを1段飛ばしに大きく上って秋也は、勢い良くドアを開けた。 そのままドカッと荷物を玄関に放り出して、Tシャツを脱ぎながらバスルームに向かう。合宿自体は楽しくて申し分ないものだったが、なにせ古くて汚い合宿所なので思うようにシャワーを使えなかった。 鼻歌交じりにシャワー全開で頭から殆んど水のような温度のシャワーを浴びる。 「かーー!!サイコー、極楽!極楽ぅー!」 ――――――この後、自分の無責任な態度が原因で、どんな災難が待っているか知る由も無い秋也だった。 「ちょっと・・・・・・・。なに、ソレ。」 シャワーを浴び終えて、短パン一枚に首にバスタオルを引っ掛けただけのラフな格好で冷蔵庫からビールを取り出しているところに、母親が自分に持ってきた物に秋也は疑問の声を上げた。 冷蔵庫の扉を肩で閉めて、缶ビールのプルをカシッと開ける。 「スーツよ。」 「そりゃ、見りゃ分かんじゃん。・・・・・なんで、俺がそんなモン着なきゃなんないの?ってこと。」 冷蔵庫にもたれたままビールを喉に流し込む。息も付かずに一気に1本飲み干した。 「だって、あなた婚約OKしてくれたじゃない。」 ・・・・・・ピタッと秋也の動きが止まった。 「は?」 空になったビールの缶をテーブルの上にトンと置くと、秋也は母親の方に向き直りその言葉に初めて反応した。 「・・・・・・・あのー。俺・・・・今の言語ちょっと理解できなかった。」 「秋也言ったわよね?合宿から帰ってきたら誰とでも付き合うって。婚約もOKだって・・・・・だから婚約したのよ、この間。今日の午後には先方とお会いすることになってるから。よろしくね。」 「冗談だろ?」 「本当よ。」 「マジっ?!」 「当たり前でしょ。」 ・・・・・・・・・・・・う、っそだろ。 「ははは」と秋也は声だけで笑った。こんな現実ありえない。 「俺、これからデートなんだ。母さんにしては、なかなかヒットな冗談だったけどまた今度にしてよ。」 「断りなさい。これから婚約者に会いに行こうって人間が何言ってるの。」 おいおいおい! 「・・・・・・・・・・・・・ねー、母さん。冗談だよね?ビックリさせよう、とか思ってんでしょ?」 「自分がOKしたんでしょう?」 「ちょ、ふざけんなよー。なーんで見ず知らずのヤツと勝手に将来決められなきゃなんないワケ?!そんなの俺、絶っ対ヤダからね!そんなトコには死んでも行かないから。何が何でも絶対 い、や、だっ!!」
「秋也、・・・・・・ねぇ・・・・・秋也ってば。――― あなた、もうちょっとイイ顔できないの?」 待ち合わせのホテルのロビーで秋也はこれ以上無いくらい仏頂面を見せていた。 「できるか!」 合宿から帰った途端、こんなトコ連れてこられて・・・・・おまけに婚約しただぁ?ふざけんな。21世紀の世の中にこんな化石みたいな話あってたまるかよ。 ソファにふんぞり返って秋也は心を固めていた。 絶対、破談にしてやる。 必ず、だ。 でも・・・・・・・すっごい美人とかだったら話くらいはしてやってもイイ。 もし、ど真ん中直球クラスの好みのタイプだったら付き合うことも考えてやる。だけど、まさか、そんな奴は見合いなんかしないだろ、フツー。 相当な問題アリと見た。 やっぱ、ここは全力で破談に持ち込むしかない! 相手が来たら、言ってやる。「女性には不自由してませんから、くれぐれも僕に心奪われたりしないでくださいね。特に僕ってホラ『落とす』のが好きで、見合いとか向いていないんですよねぇぇ。」ってな。 それでダメならもういい。そんな理解力の無いバカには「ふっざけんなこのブス!おまえなんか、俺に釣り合わねーだろ!」で決めよう。 親の立場的には可哀相だが、どう見積もっても俺の方が5割り増しで哀れだ。 言ってやる、言ってやる、絶対、何が何でも、言ってやる。 言うだけ言って、気分治しに誰か誘ってデートに行こう。その方がずっと健康的でマトモだ。輝く太陽と恋の季節が俺を待っている。 来るなら、来てみろ、返り討ちにしてやるさ。 「あ、ほら。いらっしゃったわ!」 ――――― しかし、そんな秋也の勇んだ気持ちも、その場に現れた相手を見た途端、宇宙の果てまで木っ端微塵にふっとんでしまった。 和服の女性に伴なわれて現れたのは、すらりと背の高い意思の強そうな目をした、それはそれは完璧な・・・・・・・男だった。 お、とこ・・・・・・・・・?! 母親は立ち上がって、満面の笑みで2人を迎えている。秋也はあまりのことに、母親の視線の先を改めて確認してしまった。 しかし、どこを探してもこの男以外に誰もいない。 男が、来ちゃったよ。・・・・・は、はは・・・・どこまで冗談キツイんだ。 秋也は、秋也を目指して歩いてくるスタイル抜群の男を息を殺して見ていた。 例え、そいつがどんなにキレイな造作をしていようとも、気の強そうな目つきも、不本意そうな態度も、への字に噤んだ口元も、秋也と大して変わらない身長も、肩のラインも、どれもこれも男だった。 結局、秋也の用意したどんな台詞もこの相手には全く意味の無いものになった。 だって、女、では無いのだ。根本的に大きく間違ってる。 なのに秋也以外の人間は平然と落ち着いているのだから、つくづく驚きだ。 そん、な・・・・・。だって・・・・・・。 「お待たせしてしまって、申し訳ありません。川添さん。」 楚々とした和服のヒトは、秋也たちの前まで来ると深々と頭を下げた。しかしその横で秋也の見合い相手というか、婚約者というか・・・は無感動な様子でさっさとソファに座って秋也と向かい合った。 「いいえ、こちらこそ突然予定を組んでしまって、ご迷惑をかけました。・・・・・・さっそくで何すが、これが息子の秋也です。」 みなが一斉に秋也に注目する。 本当なら憮然とした態度を押し通すつもりだった秋也だが、大きく調子を狂わされて、なにがどうなっているのかさっぱり分からずにいる。 「あ、・・・・・。川添秋也です。・・・・どうも・・・。」 どうする、どうする?俺の婚約者ってまさか・・・・・コイツ? 「そうですか・・・・・・どうも初めまして。芦塚です。それから、もうご存知とは思いますが息子の正斗(まさと)です。」 自分が紹介されたので、その正斗という秋也の婚約者は軽くお辞儀をして見せた。実に興味のなさそうな顔で。 「婚約までしてますのに、今更改まってなんだか順序がちょっと変ですわね。」 ほほほ・・・・。と笑う母親に秋也は叫びたい気持ちでいっぱいだった。 ちょっと変なのは、順序だけじゃねーだろ、かーさんっ!! それに、これはちょっとじゃない!思いっきり単位間違えてるよ! 「息子の秋也がどうしてもお宅の正斗さんと結婚したいなんて、突拍子もないことを言い出した時にはどうなることかと思いましたけれど、本当に良かったですわ。」 かーーッと秋也の顔に血が上った。てめえ!今、何を言いやがった?! 「母さん!!なっな、、何をッ!」 俺が、コイツと結婚したいなんていつどこで言ったよっ?!勢い余って立ち上がった秋也に母はニッコリと微笑んだ。 「まぁ、この子ったら今更照れたりして。」 「私どもも最初は川添さんの申し出には驚きました・・・・ですが、正斗が幸せならそれで。」 芦塚婦人は悲しそうな笑顔を見せた。とても弱い、儚げな印象の人だった。 秋也は、思わず目の前で涼しい顔をしてコーヒーを飲んでいる正斗を睨みつけた。 大体、おまえは何で否定しないんだ!俺たち初対面だろ?! もうパニックを通り越して、開き直った気持ちにさえなってくる。 この場で慌てふためいているのは自分ばかりでバカバカしくさえ思える。なんなんだ、一体! 「は。そうですか。それはどうも、皆さんにご理解いただけて光栄です。」 感謝で涙が出そうですよ、ほんっと。 完全に匙を投げた秋也は大きく脚を組んで「どうにでもなれ」を決め込んだ。 「秋也は正斗くんと同じ大学で工学部2年生ですけど、正斗くんと違って、なんですか、遊びまわってばかりで困ったものなんですよ。」 え・・・・?同じ? 秋也の視線に気が付いた正斗は、ブスッとた表情のまま呟くように「情報システム」と言った。秋也が建設なので学科は違うが本当に同じ工学部らしい。 「いいえ、正斗も大学のことは全然話してくれませんのできっと同じような感じですわ。秋也くんみたいな恋人がいることも先日初めて知ったくらいですから・・・。」 そんなこと、俺も、たった今ここで知りましたよ。おばさん。 「それでね、秋也。芦塚さんのお宅は大学に通うにはちょっと遠いのよ。だから、婚約もしたことだし、正斗くんに今日からでもウチに越してきてもらったらどうかと思うの。ウチからなら大学まで10分だし。どうかしら?」 部屋もたくさんあるものね?と同意を求める母親に人のいい秋也は思わず頷きかけた。ああ、確かに、部屋なら余ってるよな。 って、そーじゃなくって、かーさん! どんどん自体は深刻になる。 「同性の婚約者と同棲?シャレにもなんねー!俺どうやって外歩けばいいんだよっ!」と言いかけて秋也は自分の言葉を飲み込んだ。母親の、今までに見たこともない決意の横顔がすぐ傍にあったからだ。 母さん・・・・? ふと見れば、テーブルの下でハンカチを握り締めている母親の手が細かくブルブルと震えていた。 必死という言葉では表現しきれない気迫のようなものを秋也は母親から感じた。母は、なんとしてもこの婚約を成立させ、正斗というこの目の前の男をウチに連れて帰りたいのだ。 「・・・・・・母さん。」 思わず、呟いた秋也に母の目が向けられた。母の目が強く強く理解を求めている。一歩も引かない構えの真剣な眼差しに、秋也は協力を決めた。母がこんな風になる何かがあるのだ。 川添秋也、思い切りのよさがウリだ。 秋也はすぅっと深く息を吸い込んだ。 ホテルの中庭に放されている熱帯の小鳥たちがチチチ・・・と騒がしく囀っていた。 「俺も、正斗と一日も早く一緒に暮らしたいんです。このまま正斗を連れて帰ってもいいですか?」 この秋也の言葉には、冷静な無表情を続けていた正斗もさすがに目を上げて驚きの顔を見せた。 秋也は、この日初めて自分らしくニヤッと、生意気ないつもの笑顔を見せた。 |